さとるくん

自分が本当に智くんのことが好きなのか、本当に付き合いたいのか、わからなくなってきた。

 

でも自分でそう思いたいみたい。友達に気持ちを伝えられないならそれまでだって言われて初めて思った。

私は昔から自分の気持ちを表すことを制限されてきたせいか、誰かに考える機会を与えられないと考えられないみたい。情けないなぁ。

 

智くんが京都に行っている間、じっくり考えてみようと思う。で、今度染め直す時までにちゃんと考えが固まっているようにしないとね。時間はちゃんとあるから、覚悟決めて考えよう。

 

で、会いに行こう。

 

 

いぶきさんのコピペ

病気のせいかな?自分は人に迷惑をかけているのではないか?と心配で仕方がない。

だから、相手の反応を待つより先に謝ってしまう自分がいる。

勝手に相手が僕のせいで不快な思いをしていると思いこんで、謝ってしまう。

フォロワーさんではないけど、今日、そのせいで1人の人を傷つけた…。

 

これは困った癖だ。

勝手に、頭の中で、僕は相手の迷惑になってしまっていると思いこんでいる。

だから、誰と話をしていても、話のどこかで、相手に不快な思いをさせていないのかを確認してしまう。

確かに、それは面倒くさいと思われても仕方がない。

うわー、すごいショック。泣きたい。

 

ショックはショックだけど、そのことに気づけたのは大きい!

そうだ、そうだ!

相手の顔色ばかり伺っていたら、何も言えなくなってしまう。

だから、その人には謝らないで、気づかせてくれてありがとう!って言おう♪

 

いま、その人に、気づかせてくれてありがとう!という趣旨のメールをしました。

これまで苦しかったのは、人の顔色ばかり気にしてたからというのもあるのかもしれません。

もちろん、相手の心に寄り添うこと、思いやることは必要だけど、過度な心配は相手を傷つけることがあるのかもですね。

 

 

 

人間って生きている間に何人の人を愛せるんだろう。そんなんなんて、その人次第だって言われたらそれまでだけど。

智くんと話してるうちに、まこちのことは本当は好きじゃなかったという結論に至ってしまった私、20歳だけど今まで人を愛したことないな。愛するってなんなんだろう、どうやったらできるんだろう。

無条件の愛とか言って、まこちには接してたけれども実際はもう絶望していて何も望まなかったのかもしれないし、無条件じゃないじゃん!って言い返されるのが怖かったのかもしれない。思い返せば、最後の方は手紙を書くときも、できるだけ相手が安心できる言葉を、並べて、選んで、文章を作っていた。無条どころか偽りだよね。

楽しかったか、楽しくなかったかと聞かれれば、もう前のことすぎて覚えていないというのが率直で正直な答え。でも辛かったかと言われれば、はいって答えられるってことは、やっぱり辛い関係を持っていたんだな。

いろんな人に話すようになったけど、35歳も上だとは誰にも言えていない。言えないよね。どんびかれるもんね。みんなへの隠し事がどんどん増えて行くのかなぁ。嫌だねぇ。

 

 

さとるくん

さとるくんに言われて気づいたことがある。ずっと引きずってるけど、自分の気持ちに嘘ついてない?って言われた。

私は最初からまこちのことなんて好きじゃなかったのかもしれない。それでも相手が自分を好きでいてくれるから、罪悪感というか、責任感というか、それによってまこちのことを好きでいなきゃいけないと自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 

完全にまこちの支配下に置かれていたし、自分が本当は好きでないことが露呈するのを怖がっていた。いつもゲーセンで取ってくれたぬいぐるみ、本当は欲しくないなんて1度も言えなかった。楽しくなかったのに、楽しいんだと自分を縛り付けていたんだと思う。

 

次第にエスカレートしていく電話、時間的拘束。言葉のDVみたいなもの。私は耐えられなかったんだと思う。だから、丁度喧嘩したタイミングでもう終わりにしたかったんだと思う。喧嘩して、他の人を好きになってしまうくらい、まこちのことはもう好きではなかった。というか最初から好きじゃなかったのかな。

 

付き合う前、喫茶店で話を聞いて、本当に大丈夫?と言われた時、心の中では、やばい、逃げなきゃ。この人とは付き合っちゃいけない、一緒にいちゃいけない。と思ったのに、そう言う気にもなれなくて大丈夫だよと言ってしまった。その罪悪感が付き合っている間も私を縛っていた。相手の顔を伺って、怒られないように、相手の期待に応えなきゃいけないという義務感で頭がいっぱいで、常に頭はフル回転、そりゃあ疲れるよね。とにかく怒られるのが怖かった。

 

上野や一緒に行った場所に行きたくないのも、あの時の恐怖感や束縛感を思い出したくないからだと思う。幸せだった時間を思い出すのが辛いなんて嘘なのかもしれない。今更自分の気持ちなんてわからなくなっちゃったんだけどね。尊重しなさすぎたかな。

4

まこちのことが頭をよぎる。今日バイトが終わって更衣室で着替えてたら耳鳴りがした。まこちのことを思い出した。この耳鳴りはまこちから貰ったものなのかなぁ。さとるくんのことが好きで気持ちを伝えたいんだけど、幸せになろうとすればするほどまこちの呪いのようなものが私を襲ってきてる気がする。恋をするな、幸せになろうとするなって気持ちも沈むようになったし、前は効きすぎかなと思っていた薬も今じゃちょうどいい。

 

このまま病気が進行しないでほしい。つらい。幸せになりたい。でも許してもらえないみたいだね。ごめんね。

また薬をがぶ飲みしたら死んだように眠れるのかなぁ。でもあれはそのあと体が辛いから嫌だなぁ。あの自分の意識に対抗して眠気がやってくる感じ、ふっらふらになって立てなくなる感じ。親を心配させるからもうやりたくないけど、何も考えなくてすむ10時間くらいを味わえた。何も考えないからといって解決するわけでもないのにね。その場しのぎをしてしむうくらいには辛かったんだろうよ。

 

今はさとるくんの気持ちが知りたい。好きな人がいるといっていたけど、誰のことが好きなんだろう。私のことを好きになればいいのに。もしくは振り返ってくれないかなぁ。振り向けよ。でも、もういいやって思って場の流れに任せるのが1番ってどっかに書いてあったから、私はそうすることにするよ。もう自分でさえさしようとはしないよ。

 

とりあえずまこちの呪縛から逃れられないなら、少しでも休めるところを私にください。これさえも欲張りって言われたら私はどうすればいいんだろう。

 

 

追憶

ふとした瞬間にまこちとの記憶が思い出される。一緒に過ごした場所、交わした言葉、カラオケで歌った曲、そのほかにもいろいろ。そのどれも私は振り返られずにずっと心の中で黒い暗い塊みたいなのになってのしかかってくる。

トラウマとか言ってさとるくんに負荷をかけて私は何をしたいのか自分でもわからない。本当は迷惑なんてかけたくないのになぁ。

 

いつかはトラウマも過去の辛い記憶も無くさなきゃいけないとおもってる。リハビリに行かないとなぁ。明日でも上野に行ってくるか。

 

もう半年以上経ってるのにね。まだ思い出にならないまま、私の暗い記憶のまま。早く思い出としての記憶になってくれないかなぁ。

あ、やばい

気づいたらさとるくんのこと考えてる。あんなライン送って大丈夫だったかな、まずかったかな、今なにしてるかな、好きな人はいるのかな、それは私であってほしいな。どんな女の子が好きなのかな、もしかしたら私と付き合ってくれないかな。

あ、やばい、私恋してるって気づく瞬間が結構ある。もう人を好きにならないって決めたし、ならないだろうと思ってたのに。なんでなんだろう。恋って制御できない感情だよね。この感情は捨てたはずなのにな。

 

今度上野行こうって誘われた。山手線京成線上野駅、不忍口からのいつものルート。あの景色は一生忘れることができないと思う。券売機の前で待ち合わせして、ちょっと喋って、ルノアール行って、公園歩いて、キスして帰る。いつものお決まりのルートは今では悪魔の道。あの場所にまた行って精神が大丈夫かわからないし、あの景色をみて平気でいられるはずがない。そしてなによりも、間違って遭遇してしまわないかが心配。誰といるときでもあの辺歩いてるみたいだったからなぁ。

 

大好きだったまこちといつも通り喧嘩して、そのタイミングで私が別の人を好きになっちゃった。悪いことだとわかっていたけど、毎日送られてくるメールやほとんど毎晩かけてくる電話の内容に不満がなかったとは言えない。大丈夫だよ、支えるからね、ずっと一生にいるから。ってそういう言葉をかけていたあの頃、知らず知らずのうちに自分も病気に蝕まれていった。気づいたら暗い闇の中、誰も助けてくれないことはわかっていたから、誰にも助けを求めなかった。病院に行くことをまこちにも止められ、本当に誰にも話せない、まるで牢獄のような毎日を送っていた。

 

別れてしまってからは、今元気かな、大丈夫かなとか申し訳ないなっていう罪悪感を今でも残っているくらい感じていた。別れれば自由になれるなんてとても甘えた考え方だった。なんなら別れてからの方が辛いし、今でもあの人を思い出すたびに自分を殺したくなったり、もう人生が嫌になってしまったりする。私はどうすればいい、なんにもわからずにただただ、時間だけが解決してくれると願って過ごしてる。忘れられるかな、忘れられたらいいのになぁ。

 

この事は誰にも言ってないし、言えない。病気のことも明るく、軽く、話していたりはするけど病名までは言ってないし、言ってもわかってくれないし、距離を置かれそうだから辞めてる。双極性障害パニック障害、俗に言う躁鬱ってやつね。明るい時は躁になっているって自分ではわかっていても周りの人はちょっとテンションが高いだけって思っているんだろうな。この後に来る鬱の状態がとっても怖いのに。だいたい人と会って躁になって、別れてそろそろ死んでもいいかなって考えちゃう。原因はない。だから怖いし対策のしようもない。もう疲れたから諦めてもいいかなってただそういう浅はかな考えをしている。そんなの甘えだよって言われればそれまでだけど、これは患っている人にしかわからない辛さなのかなぁって思う。まあ所詮甘えだよ、だからそんな自分が嫌いになる。

 

人を好きになれば、付き合うことがあれば、絶対に傷つくことが出てくる。そうやって傷つけられた人はいつまでもそのことを覚えているんだよ。傷つけられたくなくて、傷つけたくなくて、私は人を好きにならないっていう選択肢を選んだ。人を好きになる感情を捨てた。なのに今好きな人がいる。だめだよね。ばかだなぁなんて考えながら生きてる。いつになったら諦めるんだろうってマイナスに捉える自分がいれば、もしかしたら付き合えるかもしれないってプラスに捉える自分もいて。辛い恋の中で他人とは違う辛い気持ちを持ちながら生きてる。やめればいいのにねぇ。

 

なんか疲れたからここまでにしよっかな。書き忘れたことがあったらまた後日。